1961年3月の五竜岳への山行のリーダーは、倉石が勤めさせて頂きました。
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写真には、中村先輩が入っているのと、倉石が入っているのとが有りますので、多分この二人で替わりばんこに撮影した
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のだと思います。多分、私のカメラだったと思います。
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本番の3月の合宿前に、前年の12月初め頃だったと思いますが、私、三股さん、ガンジー(苗字を覚えておりません
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渾名で失礼を致します)の3名で、偵察を兼ねて、前夜発で出発し、朝から少し積っている雪の上を登り始め、午後2時頃に
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山小屋へ入って、翌日はそこからさらに昇り、3月の合宿でテントを張る場所を決めてから、下山した事を覚えております。
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次の年の3月には、五竜岳に続く稜線の下のほうが、リフトは無く、ロープに掴まって登るだけの設備しかない可愛いスキー場
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になっており、その脇を登りました。
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登る為にJR(当時は国鉄でした)の駅に、邪魔なスキーを預けて置き、山から下ってきて、駅まで行ってスキーを持って
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スキー場に戻り、そこの小屋で何泊かして、スキーを楽しみ、その後に帰宅しました。
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JRの駅で、スキーを預かってくれと頼んだ所、脇の柱に立てかけておけば、誰も持っていかないから大丈夫と言われ、置いて
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山へ登りに行ったのですが、降りてきたら、置いたままになって柱に立てかけられていました。素晴らしい時代だったのです。
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@8 倉石 馥(くらいし かおる)
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