<<2004年6月10〜18日 スイスアルプス遠征>>

『スイス遠征隊 第一報』

遥か北極海を眼下に、シベリアの白い大地を越え、ノルウェーの氷海を見た
とき、我FACの今日までの旅路が、ようようにして積年の夢の戸口に立つ日
が来たことを実感した。
第一日。スイス遠征隊は無事チューリッヒに到着、予定どうりスケジュールを
開始。
現地の友人ガビー嬢の案内により、エンゲルベルグで早くもトレッキングの
醍醐味を満喫した。

第二日は蒸気船でスイス建国ゆかりの地を巡り、フローレンへ。再び陸路を
アンデルマットへと移動した。

天気は雨交じりながらも、ときどき周辺のピークを望み、熱き想いを果たす
時の訪れに、皆胸の高まりをとどめ得なかった。
アンデルマットの人々の熱い歓迎と、旧知を確かめ合う宴の卓上に、さりげ
なく置かれた日章旗とスイス国旗に思わずこみ上げるものがあった。

我々の訪問に応えて参集した人々は、町長ムーハイム氏をはじめ、商工会長、
財産区長、そして世界のスキー界を代表した経歴を誇るカール・ガンマ氏、
オリンピック金メダルを初めとする数々の戦歴をもつベルンハルト・ルッシ氏、
そしてわが盟友インストラクターのガビー・メイ、ジョセフ・ベネットの諸氏であ
る。
参加諸兄姉の拙くも心をこめた歓談に、杯は乾き、夜は更けた。

第3日目はスイス国防の要衝であったフルカ峠の岩山深くを掘削した旧軍事
基地を見学、今はなんと観光拠点のひとつであるホテルに変貌している。
スイス国民の頑固たるも柔軟な発想に、我ら一同ただただ唖然呆然、驚愕
至極、岩を伝う水の滴り思わず我に返るひと時であった。

というわけなので、明日はいよいよツェルマットに移動。この旅の核心である
マッターホルンを望むトレッキングへと向かう。

アンデルマット: ホテル3koenige&postにて
           愛甲・高橋 記
【第一報続き】

岩窟ホテルは同行したアンデルマットの人々も初めて訪問する場所であった
由。ここのレストランでチーズとワインを振舞われる。
引き続き案内された場所に車を寄せると、なにやら巨大テントと何棟かのパピ
リオン風テントが設営され、素人っぽいスイス音楽の合奏が聞こえる。テント
内のステージで近隣の老若男女による演奏会だった。事情がさっぱりわからな
いまま席に着くと、早速ステーキとワインが運ばれてくる。やがて5歳位から
17・8歳位の少年達が一人づつ呼ばれ登壇する。彼等は地元のアイスホッ
ケー倶楽部のメンバーで、今日はその激励を兼ねたバーベキュー大会だったら
しい。昨夜のパーティーで、前後の内容がわからないまま牛一頭を解体すると
いう話を耳にしたのだが、こういうことだった訳だ。昨夜欠席したガンマー夫
人が今日は張り切って我々をもてなす。ついに我々は音楽に合わせ、夫人と共
にダンスに興じる。あつかましくも愛甲はハーモニカでアンサンブルに参加。
それにしても地酒キリッシュは強烈でした。
さらに場所を移し(地名失念)そのまま絵葉書になりそうな崖の上の教会と美
しい墓地を見学。その村に残された200年以上経た民家を見学したのだが、
管理人の美女は我々のために一時間以上かかる(車両道路なし)山の上にある
自宅から下りて来たと言う。(スイス人はとにかく高くて不便な場所に住みた
がるようだ)屋内には昔のままの生活道具や衣装が人が住んでいるように置か
れていた。
第4日
隣町、といっても車で5分のホスペンタールにある当初宿泊予定だったゴッ
タードホテル(改修のため休業中)を見学。ここも築200年を越す石造りの
建物。我々のパーティーに来てくれたオーナーのジョセフベネットさんに無理
に頼み、早朝訪問させてもらった。ナポレオン遠征軍がこの街道を進軍した
時、それを率いる将軍の夫人が投宿したという部屋に石版刷りの肖像画が飾ら
れている。今は保存文化財に指定されている由。それが営業していると言うこ
とがいかにもスイス。
書き落としたが、二泊目の宿、ドライ・ケニゲにもあのゲーテが投宿してい
る。「地球の歩き方・スイス編」にはこのようなガイドは見当たりません。
次の町レアルプからは車ごと専用貨車に乗り込む列車を利用、地元の人が推奨
していたフルカ峠へは登らずこの列車(トンネルだけ)で時間短縮を図る。
ヴィスプを経てタスチに着くといよいよマッターホルンが近づく。ここで車は
デポ。ここからは工事車両を除き電車電気自動車以外走れない。ツェルマット
に降りるとチューリッヒ空港通関以来はじめて「日本人」に会う。
ランチタイムだったので駅前のブッフェの席に着くが、ここのウエートレスが
全く無作法。いいかにも日本人をなめている、と高橋夫人激怒。店長を呼び啖
呵を切る。案の定メニューはこの旅でランク外のまずさだった。皆さんツェル
マットに行った時、この駅前ブッフェには立ち寄らないように。
荷物の大半を駅に預け、登山電車でクライン・マッターホルンの展望台へ登
る。残念、展望台は雲の中にして眼前のマッターホルンは見えず。早々に下り
電車に戻り途中駅よりツェルマットまでトレッキング。
再び登山電車でヨーロッパ一高所に建つホテル、クルム・ゴルナードへ向か
う。この乗車時間40分間の展望は別途画像で見てください。
本日このホテルの客はすべて日本人でした。

 『スイス遠征隊 第2報』

モルゲンローテの始まりに逸る鼓動をおさえ、山岳ホテルの玄関からすぐ裏手
の展望台に登る。
昨日、蒼空を突く先鋒は時に軽く雲を引き、時に雲中に没し、まさに巨人の様
であったマッターホルン。
今日ゴルナーグラードの早朝5時は、雲ひとつない絶好の日和となり、沈み返
った大気の中に、巨人は陽光を待つかのように眠る。

南にモンテローザ、西にマッターホルン、正面にブライトホルンの輝く頂が迫り、
360度の展望に我を忘れる。
厳然と昇る太陽にその尖頭を赤く光らせ、徐々に深い眠りから覚めるマッター
ホルン。
雪の頂を紅く染め、夜の闇からよみがえるブライトホルン。
モンテローザはまだ影の中だ。

徐々に紅く輝きを増す360度の大パノラマに、皆感動を超えて無言。
ゴルナーグラードからスネッガに場所を移し、マッターホルンを正面に
すえたピクニックランチを済ませ、トレッキングをはじめる。
小さな湖に映る先鋒、緑の小道をたどれば古い牧草小屋の石の屋根。
森を抜け、数々の花々に気をとられ、歩は時に遅々として進まず。
古い友との夢のような一歩一歩に、想いはつのり、誰かのヨーデルに
振り返る。
ハーモニカの調べは過ぎし日の記憶を流し、深く擁かれた山々に心が和む。

ツェルマット: ホテル・スネッガにて
                       高橋 記



【ハーモニカ演奏(0.3M)】