<<2005年5月28−29日 虹芝寮合宿>>
中村@8、愛甲、吉川、古橋@13、高橋@16、宮本@21、稲葉@22、安藤@28
“山の友によせて”を作詞作曲した戸田豊鉄氏の作品

本年5月1日

宮本@21期です。
一昨年に引き続き世話人をさせていただきました。
1日目、勝手をさせていただいて、一人新緑の新道を虹芝寮まで
目指しました。30年ぶりの新道で、雪崩等で荒れていたり
様変わりしている所もあったのですが、歩いていると
思い出されるポイントも多く、懐かしさに胸がいっぱいに
なりました。一人で山道を歩いたのは初めてでしたが、
自分一人の世界に入り込むことが出来て、病み付きになりそう。
虹芝寮に辿り着きましたが、待てど暮らせど皆到着しません。
旧道まで上がってみたり、新道を戻ってみたりした後、
寮の前で心配しているとやっと安藤君の姿が見えました。
いろいろあって6名が先行し、安藤君が追いかける形になった
そうなのですが、追い抜いた自覚はないのに安藤君が先に
着いたそうです。
とりあえず2人でビールで乾杯しました。
それからだいぶ経ってから(時間を記録してないなく忘れました)
全員揃い延々9時間に及ぶ宴会が始まったのです。
高橋校長の差し入れの牛肉を、吉川シェフが腕を振るい
ディナーが完成、美味しいステーキに杯も進みました。
中村会長と高橋校長が採って来て下さったふきのとうを稲葉君が
天ぷらにしてくれたのですが、これがまた絶品でした。
そういう場で出るお話は、本音もちらほらでとても楽しいものです。
“あそこをもう少し追求するのだったな”、等と後から思ったりしています。
2日目のお天気があまり芳しくなく、予定変更の
おかげで日暮山山荘に初めてお邪魔しました。
素晴らしいログハウスで羨ましい限りでした。
次回目隠しが出来上がったらお風呂に入らせていただきます。
皆様のおかげで楽しい合宿になり感謝しております。
次回は紅葉の虹芝寮はいかがでしょうか?
<愛甲@13氏の合宿報告>
かつて50回以上その山頂に立ち、この地に過ごした時間は延べ1年以上に亘
るだろう。今回がもしかしたら自分の最後の谷川岳山行になるかも知れないと
思っていた。と語った中村会長の述懐を聞き、胸が熱くなりました。
さらに会長の積年の夢であったというマッターホルン行きも流れ、あいまいな
ままに行事計画を語った私としては慙愧の思いに苛まれます。
「山頂には届かない」ことを前提に合宿を組むという「山岳部OB会」とは。
皆さん、あなたにとっての山、そしてFACとは何ですか?
反省など
1.古橋夫人のピックアップポイントを愛甲が正確に打合せしていなかったた
め、谷原合流で1時間のロスをした。
2.虹芝寮宿泊者名簿に過去2回のFACメンバーの記帳が残されているのだ
が、これを画像に撮ってこなかった。
98年FAC合宿の署名には伝説の美女、露国から参加したナタリア嬢の自署
「奈多離阿」が残されていた。
なお、宿泊者名簿は昭和7年から45年間の記録がハードカバーの活版に復刻
されていて、串田孫一始め日本山岳史に残る多くの岳人が訪れた記録が残され
ている。
携帯電話の話題から展開した中村会長の青春グラフティー。
人間誰しも墓場まで持っていくことの出来ないものがあるのですねぇ。
10:00 土合駅の階段にて

10:20 土合駅

10:30 新道入り口(土合橋)

同上(1時間半後)

新道の林道終点(マチガ沢出合付近)

雪圧のすさまじさ

マチガ沢を渡る。鉄橋は崩壊寸前

一の倉沢出合付近の雪渓を下る

虹芝寮由来

総料理長の指揮

高橋コック 白点は飛散する油

メインデッシュ

宴会−1

宴会−2

虹芝寮1

虹芝寮2

ハイキング

渡渉

湯檜曽川原の倒木

湯檜曽川

昼食に立ち寄った避難小屋

FAC資料館・第1号資料(片桐製キスリング)
