<<FAC16期・42年ぶりの再会>>

2006.2.25-26 於 山彦谷アンデルマット

@16 田中禮三 高橋信昭 濱田弘豊 砂川知美 兼吉寿子 
中村会長 @13 伊井正人 若林南海男 愛甲勝久 @27 熊川尚哉

【1961年12月志賀高原合宿写真】
@13愛甲記
16期田中禮三OBが山彦谷を訪問するというので、急遽中村会長、伊井、若林、愛甲、
そして熊川君と16期の面々が参集しました。
 
砂川(氏田)さんは卒業以来、濱田、高橋、兼吉(若松)の諸氏は、禮三君が大学を休学
してブラジル遊学に発った横浜港で見送った日以来の再会です。その埠頭には私も居たの
でしたが。
 
大学卒業後も活動の場を海外に置き、ブラジル、スペイン、ポルトガルで、かの地を走る
二輪車の大半を製造する会社の社長として定年を迎えた、ということです。今は週に4日
のゴルフ、1日は釣、時々出社という日々とか。
 
当時の合宿の写真など見ながら、お互いに置き忘れてきた記憶を紡ぐ思い出話は尽きる
ことなく、夜は更けていきました。
 
 
16期@田中禮三
 
既にFAC通信に掲載されたように、先週末アンデルマットにて、岳友諸氏と40数年ぶり
の再会を果たしました。
高橋、浜田、砂川、兼良とは同期、人生で最も多感な高校時代を、しかも山岳部と言う人間
剥き出しの世界で苦楽を共にした仲間達ですから、再会は本当に感動的でした。
加えて、中村、愛甲、伊井,若林緒先輩、熊川後輩にもご参加頂き、小生にとって忘れられ
ない一夜となりました。本当に有難うございました。欧米的経済合理主義一辺倒の現代日本
に興味を失っていた自分ですが、皆さんとの豊かな会話を通じて、そして、アンデルマット
への往復路、車窓から目にした日本の自然の美しさに改めて感動し、恥ずかしながら、日本
そして、日本人の良さを再認識した次第です。年内に、女房連れでアンデルマットを再訪し
パラグライダーや渓流釣りに挑戦したいと思います。
高橋夫人には大変大世話になり、誠に有難うございました。では、皆さんとの再々会を楽し
みにしています。
(『あいつと一緒に居ると疲れる』と言う声が聞こえてきそうですが、、、、) 
 
 
16期@濱田
 
青春が蘇えりました!
 
富士高の旧体育館2Fに在った部室に時間が戻った気分でした。42年ぶりに礼三と会って、
忘れていた思い出が蘇えりました。
同期の礼三、高橋は身体が良いし、中井は出尻でキスリングがピッタリとフィットしていて
その上なぜか彼の前方の視界が良く見えた真の山男。みんな個性豊な仲間たち、こんな仲間
との山行は体力的にきつかったけど3年間山岳部に通ったようなものでした。
楽しかった。そんな仲間に42年ぶり会えて感激でした。
 
思い出した事。
・修学旅行で何故か車両点検が必要になったこと。(注1.)
・体育祭で伝統的にキャンプファイアーの火の管理を山岳部任されていて、生徒指導部の先
 生が火を弱くしろと言われて水を掛けたのに、なぜか火力が増して消防署が駆けつけたこ
 と。それ以来火の管理をなぜか外されたこと。(注2.)
・トレーニングで校舎の屋上から教室の窓ガラスのところにザイルを垂らし懸垂下降の練習
 をして叱られた事。
・スキー合宿を志賀の高天ヶ原でテントを張ってやったこと。今では考えられないが当時は
 高天ヶ原が志賀の一番奥でまだ長閑だった。 高天ヶ原山荘から水を貰って食事を作って
 いたけれど、いま水を貰いに行ったらNOと言われそう。その時、闇鍋をやって後輩のH
 君にチーズと称して石鹸を食べさせてしまった。すまなっかたH君。(注3.)
・2年生の夏の合宿を裏銀座で行った。礼三が60KG入るキスリングをオダーメードで作
 り、礼三と高橋はそれに70KG近く詰め込んだが僕は減量して貰った。それでも1日目
 は12時間掛けていっきに尾根まで登り上がる強行スケジュール。最後の頃は30分登っ
 ては10分休憩を取る始末。(私が原因か?)僕は食料を背負っていたんだけど、今だか
 ら言うがキスリングの重さで肩が食い込み痛いので揺すったらピーマンが一つ落ちて荷が
 凄く軽くなった感じがした。拾うきにはなれなかった。でも一番がっかりしたのは夕食を
 豚肉料理する予定だったのに荷を開けたら肉が紫色になっており和田先生と愛甲先輩に全
 部捨てろと言われた時、重くて辛い思いをして12時間掛けて上げてきたのに。当時は食
 品加工が出来ず全て生ものを運び上げていた今では考えられない。
 
あれやこれや懐かしいことばかり、でも42年それぞれの人生を歩んできてみんな魅力をま
して合えたのが一番うれしい。そしてみんな今も青春やっているのがいい。少し髪の毛を心
配してるのもいるがそれはそれで魅力的。
 
礼三へ
本当に会えて良かった。
おふくろにTELしてくれてありがとう。家に帰ったら、ここのところ塞ぎがちの母が凄く
喜んで嬉しそうだった。母が謝っておいてと言ってます。
立派な大人になった礼三を捕まえて昔と同じ話し方をしてしまったと。まあいいよな!
今度はもう少し時間を作っておいでよ。高橋のとこでパラグライダーやヨットを楽しもう。
それに礼三が行った六本木の一人2万もしたというカラオケそれちょっと違うよ。今度来た
ら俺が本当のカラオケに連れてて行ってやる。(注4.)
もっとも六本木のやつの方が面白いかもしれない。
礼三のところに遊びに行きたいな。ANAのマイレージが何往復もできるほど溜まっている
んだけど。
憶えているか?日本でマッサージを受けるときは仰向けで待っていないように。
 
高橋へ
いつも迷惑かけてすまない。特に奥さんには申し訳なく思ってます。宜しくお伝えください。
今年こそ能登に行きたいと思ってます。その折はよろしく。
 
兼吉へ
結婚おめでとう。
いままでいろいろ苦労もあったが本当に良かった。
お幸せに!(注5.)
 
砂川へ
青春を忘れてはいけないぞ!
 
愛甲さんへ
再会の場を作って頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願い致します。
 
中村会長へ
大変騒がしいOB会にしてしまい申し訳ありませんでした。
42年ぶりの再会ということでお許しください。
 
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注記(@13愛甲)
(注1.)修学旅行専用列車「日の出号」の乗降用扉を走行中開けるかどうか試したところ、
    禮三君が力一杯こじ開けた為、列車が緊急停止した。点検の時はバレなかったが、
    宿舎で夜濱田君が呼び出され「犯人は判っている」と、担任の福田先生に言われた
    という。当時この手の「悪戯は山岳部」と定評があった。
(注2.)@13以前から文化祭のファイヤーストームは山岳班(部)が担当ということになっ
    ていた。16期は水の替わりに
    石油を使用した。(ちなみに@13愛甲はこの現場に参加していた)
(注3.)H君=@17長谷川和男君(許してやって下さい。愛甲も間接的な共犯でした)
(注4.)田中OBが今回葡国の貴賓を接待した折、六本木のその料理屋のワインリストの最
    上段に、1本80万円の銘柄があった由。
(注5.)再出発の伴侶は中学校時代のクラスメイトとのことです。
    16期青春グラフティーの見事な大団円ですね。
 

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