2006年03月29日
告―――― JR中野駅北口の商店街にある登山用品店「アポロスポーツ」の店頭に、こんな内容の手書きのお知らせが張り出されたのは、1月23日のことだった。 書いたのは、店主で登山家の松永敏郎さん(73)。静岡市の出身で、1962年5月に開店した。店の広さは約20平方メートル。登山靴やピッケル、ザックなどが所狭しと並び、妻の康子さん(70)と2人で経営してきた。 昨年12月11日夜。仕事を終えた松永さんが杉並区の自宅に帰宅すると、康子さんが部屋で倒れていた。2日前から「頭が痛い。風邪かな」と話していた。救急車で病院に運び込んだ。病名は脳梗塞(こう・そく)。右半身が不自由になり、4月末に退院の予定だが、「介護が必要だ」とリハビリの担当者から説明された。 松永さんはすぐに決心した。「44年、なんとかやってきたが、店をたたんで、妻の介護に専念しよう」 15歳で厳冬期の富士山に登頂。その後もヒマラヤなど海外の高峰に挑戦してきた。結婚後、すぐに登山用品店を開いたのも、山に登るのが目的だった。日本山岳会の理事や文科省登山研修所の主任講師などを長く務め、年に100日近く入山することもあったが、その間、康子さんが1人で店を切り盛りしてきた。 「妻にはいくら感謝しても足りないくらいだ。これまで山が最優先の山男人生だったが、これからは妻が最優先」 店に立つときは「自分の一部を買ってもらう」をモットーとしてきた。必ず自分で試した登山用具を店に並べ、テントや寝袋なども自ら工夫、考案したものを作った。 「開店当時は第1次登山ブームの時で、店は若い人のたまり場だった。いまは空前の中高年の登山ブームだが、若い人が山に登らない。山は人間形成に重要なスポーツ、文化だと思うんですが……」 この冬、八ケ岳や谷川岳などで遭難が相次いだ。「装備などは発達したが、山の危険性、困難性は変わっていない。遭難者の80%が40歳以上の中高年者。山を甘く見ている中高年登山者が増えているのではないか」と警鐘を鳴らす。 一番好きな山は、富士山。もう100回以上、登頂している。それも冬。「富士山では風速20メートルはそよ風と言われ、異常な強風に飛ばされ、何回か死ぬような目にもあった。だが、人が登らないルートを登るのがおもしろい」 4月10日の閉店まで、客への感謝も込めて在庫品を値引き販売する。連絡先は「アポロスポーツ」(03・3387・0631)。 |