7日: | 台風の為に1日ずらした7日の“さわやか信州号”は満席で、急遽熊川OBの四駆で
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| 出かけることになりました。
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| 集合場所のKUMAデンタル・クリニックに行きましたが、誰もいません。
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| お隣の台湾料理のお店で出陣式をやっているところでしたが、
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| 何と34期北原OBがいるではありませんか!なんでも稲葉OBと電車の中で
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| ばったり会ったとか。思わぬ見送りについつい時間の経つのも忘れ、
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| 出発が2時間ほど遅れました。
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8日: | 朝一番のトロリーバス・ケーブルカー・ロープウェイ・トロリーバスと乗り継いで
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| 到着した室堂はガスの中でした。台風一過という言葉は何処に行ってしまった
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| のでしょう。それでも雨はポツポツ程度で、もうすぐ剣山荘という辺りで
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| ガスの中から現れた剣の大きさに圧倒されました。語彙の少ない私は
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| 「わぁすごい!」を連発しました。
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| 新築された剣山荘は綺麗で気持ちよかったのですが、受付の小屋の主人(?)の
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| 対応の悪さは、4年前の鳳凰三山夏山合宿の薬師岳小屋を彷彿させるものでした。
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| 今回も稲葉OBが矢面に立って、飄々と柳に風と受け流し、何とか寝場所を確保
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| できました。
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| 食堂で剣登頂の前祝をしましたが、熊川OBはドラエモンのポケットを持っている
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| ようで、次々とおつまみやら食料が出てきました。夕食の準備の為に食堂を
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| 追い出された後は、小屋裏に絶好のロケーションを見つけ、翌日の予行演習
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| よろしくフリークライミング(?)したり、“黒ユリのコル”という標識を
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| 目にしては“岳人の歌”を歌ったりと、皆少々ハイテンションになっていました。
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9日: | 3時半起床。4時半出発。満天の星と13日月に見送られ、ヘッドランプを点けて
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| 歩き始めました。一服剣を見上げても、振り返ってもヘッドランプがチラホラ、
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| 日曜日の剣は人がいっぱいでした。カニのタテバイ・ヨコバイに限らず鎖場が
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| 随所に現れ、緊張の連続でした。それでも偉大なる剣に包み込まれて、充足感が
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| 100%でした。頂上では大パノラマが展開され、立山の奥に槍の穂先もちょっぴり
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| 顔を覗かせていましたし、富山湾の海岸線も確認できました。
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| 剣の満足感で皆お腹がいっぱいになり、翌日の天気予報も良くないとの情報も
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| あり、当日中に下山することに決定しました。午後になると曇ってきて、雨も
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| ポツリポツリと振り出し、下山を早めたことは正解だったようでした。
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| クタクタの脚にとって、室堂平の最後の石段は苦行としか言いようがありません
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| でした。石段の途中に2箇所ほど休憩用のベンチがあるのですが、リーダーは
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| 座って1分くらいで、2回目は30秒ほどで「はい、行くよ。」と非情な号令を出す
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| のです。「え〜っ!」と言いながらも皆仕方なしに立ち上がるのですが、
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| 足取りも重くというか、脚を引きずるようにヨレヨレになって最後の頑張りを
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| 出し切りました。
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| 大町の“薬師の湯”に入り、穂高の“田舎屋”で蕎麦・饂飩を食べ、鶴留さんと
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| 私は最終の“あずさ”で帰宅しました。
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| 稲葉・熊川の両OBは日暮山に向いました。
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| 私事ですが、7日夜ザックを背負って家を出たとたんに、左膝が痛くなりました。
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| そのまま状況が変わらなければ、とても山を歩ける状態ではありませんでした。
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| 「どうしちゃったんだろう・このままでは室堂で停滞かな」と内心は複雑どころか
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| 嵐が吹き荒れました。扇沢に着いても痛みは変わりません。そこに登場したのが、
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| ドクター熊川の持参した消炎鎮痛剤でした。歩き始めにあわせて30分前に飲んだ
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| 1錠の効き目は、薬のありがたみをしみじみと感じさせてくれました。その1錠で痛み
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| が消えたことから、おそらく神経痛だったのだろうと自己診断しました。
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| 剣のために夏休みを一日残しておいてくれた稲葉OBも、さぞかしホッとしたことと
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| 思います。
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| 様々な障害を乗り越えて3年越しに実現した剣岳山行でしたが、いろいろな人・めぐり
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| 合わせ・お天気などを含めた多くの必然や偶然に、最後まで“見捨てられなかった”
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| という感謝の気持ちでいっぱいです。
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