剣岳 9月7−9日 山行報告 宮本、鶴留@21


参加者:稲葉(22期)
 熊川(27期)
 鶴留(21期)
 宮本(21期)


コース::8日:室堂〜別山乗越〜剣山荘(コースタイムで3時間45分)
    9日:剣山荘〜剣岳〜剣山荘〜別山乗越〜室堂(コースタイムで8時間15分)


7日:台風の為に1日ずらした7日の“さわやか信州号”は満席で、急遽熊川OBの四駆で
 出かけることになりました。
 集合場所のKUMAデンタル・クリニックに行きましたが、誰もいません。
 お隣の台湾料理のお店で出陣式をやっているところでしたが、
 何と34期北原OBがいるではありませんか!なんでも稲葉OBと電車の中で
 ばったり会ったとか。思わぬ見送りについつい時間の経つのも忘れ、
 出発が2時間ほど遅れました。
8日:朝一番のトロリーバス・ケーブルカー・ロープウェイ・トロリーバスと乗り継いで
 到着した室堂はガスの中でした。台風一過という言葉は何処に行ってしまった
 のでしょう。それでも雨はポツポツ程度で、もうすぐ剣山荘という辺りで
 ガスの中から現れた剣の大きさに圧倒されました。語彙の少ない私は
 「わぁすごい!」を連発しました。
 新築された剣山荘は綺麗で気持ちよかったのですが、受付の小屋の主人(?)の
 対応の悪さは、4年前の鳳凰三山夏山合宿の薬師岳小屋を彷彿させるものでした。
 今回も稲葉OBが矢面に立って、飄々と柳に風と受け流し、何とか寝場所を確保
 できました。
 食堂で剣登頂の前祝をしましたが、熊川OBはドラエモンのポケットを持っている
 ようで、次々とおつまみやら食料が出てきました。夕食の準備の為に食堂を
 追い出された後は、小屋裏に絶好のロケーションを見つけ、翌日の予行演習
 よろしくフリークライミング(?)したり、“黒ユリのコル”という標識を
 目にしては“岳人の歌”を歌ったりと、皆少々ハイテンションになっていました。
9日:3時半起床。4時半出発。満天の星と13日月に見送られ、ヘッドランプを点けて
 歩き始めました。一服剣を見上げても、振り返ってもヘッドランプがチラホラ、
 日曜日の剣は人がいっぱいでした。カニのタテバイ・ヨコバイに限らず鎖場が
 随所に現れ、緊張の連続でした。それでも偉大なる剣に包み込まれて、充足感が
 100%でした。頂上では大パノラマが展開され、立山の奥に槍の穂先もちょっぴり
 顔を覗かせていましたし、富山湾の海岸線も確認できました。
 剣の満足感で皆お腹がいっぱいになり、翌日の天気予報も良くないとの情報も
 あり、当日中に下山することに決定しました。午後になると曇ってきて、雨も
 ポツリポツリと振り出し、下山を早めたことは正解だったようでした。
 クタクタの脚にとって、室堂平の最後の石段は苦行としか言いようがありません
 でした。石段の途中に2箇所ほど休憩用のベンチがあるのですが、リーダーは
 座って1分くらいで、2回目は30秒ほどで「はい、行くよ。」と非情な号令を出す
 のです。「え〜っ!」と言いながらも皆仕方なしに立ち上がるのですが、
 足取りも重くというか、脚を引きずるようにヨレヨレになって最後の頑張りを
 出し切りました。
 大町の“薬師の湯”に入り、穂高の“田舎屋”で蕎麦・饂飩を食べ、鶴留さんと
 私は最終の“あずさ”で帰宅しました。
 稲葉・熊川の両OBは日暮山に向いました。
  
  
 私事ですが、7日夜ザックを背負って家を出たとたんに、左膝が痛くなりました。
 そのまま状況が変わらなければ、とても山を歩ける状態ではありませんでした。
 「どうしちゃったんだろう・このままでは室堂で停滞かな」と内心は複雑どころか
 嵐が吹き荒れました。扇沢に着いても痛みは変わりません。そこに登場したのが、
 ドクター熊川の持参した消炎鎮痛剤でした。歩き始めにあわせて30分前に飲んだ
 1錠の効き目は、薬のありがたみをしみじみと感じさせてくれました。その1錠で痛み
 が消えたことから、おそらく神経痛だったのだろうと自己診断しました。
 剣のために夏休みを一日残しておいてくれた稲葉OBも、さぞかしホッとしたことと
 思います。
 様々な障害を乗り越えて3年越しに実現した剣岳山行でしたが、いろいろな人・めぐり
 合わせ・お天気などを含めた多くの必然や偶然に、最後まで“見捨てられなかった”
 という感謝の気持ちでいっぱいです。


 鶴留です
 日ごろ行いのよい皆様のおかげで、この夏最初で最後の高くて険しい山登りができました。
 小屋番のつもりでいたので、喜びもひとしおです。ありがとうございました。
  
 でも1つ残念なことがあります。高所恐怖症ながらつい下を見てしまい、ぞくっとするのが常
 なのですが、今回、目の前の岩にしがみつくのが精一杯で、恐怖の覗き見を忘れていました。