熊川@27期 今回の前夜発3泊4日のOB会合宿は大変充実した内容となりました。 皆様のご協力に感謝いたします。 過去に飯豊連峰の経験があるとの理由からリーダーを仰せつかりました が名ばかりのリーダーで、メンバー各位および地上部隊の尽力のおかげ でこの合宿が無事終了したことに感謝しております。 また、天候にめぐまれたのはまさに天の恵みでした。 今回を含めて飯豊連峰に足を向けたのは4回目なのですが、ガスがかかっ ていたり雨だったりで山を見渡すことができたのは今回が初めてでした。 消耗が激しい山行でしたが最終日に宿泊した飯豊山荘(温泉)では身体の 疲れと痛みを癒すことができました。 ここのご飯は宿泊客のために特別に専用田んぼで栽培しているコシヒカリで 大変おいしくおかずがなくても何杯でもお替り出来るものでした。 宿泊夜から雨となり、もしこの雨が数時間早く降り出していたらと思うと ぞっとしました。 シルバーウイークも終わり昨日からはおぞましき現実に引き戻され 簡単な報告すら1日遅れになってしまいました。 当時、土田君と同行したものとして今回の山行中、思うこと多々あります。 いずれ報告いたします。 まずは無事下山の報告とさせてください。 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 長谷川和男@17期 昨日、土田広人君の33回忌の追悼と幻の夏山合宿の再現を目指した飯豊連峰 縦走から無事帰還いたしました。 土田君のご冥福を心から願うとともに、合宿の成功をご報告いたします。 今回の合宿は、いろいろな意味で意義深いものでした。私も念願の土田広人君の ご供養と飯豊連峰縦走ができたことに、言いようのない感動を味わっています。 リーダーの熊川尚哉さん本当にご苦労様でした。 今年のOB会の夏山合宿で「他にもOB会として追悼しなければならない人がいるん じゃないですか?」という熊川さんの一言がなかったら、この合宿を実現するこ とはできなかったでしょう。熊川さんの熱い合宿にかける決意が、成功につなが ったと思います。 伊藤先生本当にご苦労様でした。先生がこれまで胸に抱えてきた様々な思い、 苦悩、土田君への哀悼の念など、同じ教員としてびしびしと伝わってきました。 33回忌の法要ができた本当によかったですね。 伊豆弁護士には、無理なお願いを快くお引き受けいただいて、感謝感激です。 30期を代表して今回の追悼式に参加され、感慨ひとしおだったと思います。 本当にありがとうございました。 稲葉さん、ご苦労様でした。稲葉さんの予言どおり、最終日の下山コースは14 時間の地獄のくだりでした。ヘッドランプをつけて林道を飯豊山荘にひたすら歩 きながら体はきしみ、ヘロヘロ状態でした。 猿渡さん、本当にご苦労様でした。年齢とは思えない体力で、2日目は私よりは るかに元気で驚きました。さすが日ごろからトレーニングを重ねて鍛えられている と納得です。門内小屋のすし詰め状態で眠れなかったアクシデントで本峰は断念と なってしまいましたが、また次の機会としましょう。ご苦労様でした。 藤田さん、あなたは本当に強い。最後までバテなかったのはあなただけでした。 最終日、飯豊本山に登る途中で熊川さんが腰の痛みを訴えたとき、長い長い下り を思って不安がよぎりましたが、元気いっぱい次から次へと魔法のドラえもんの ポケットから出すように、元気付けの食べもの・飲み物がでてきて、助かりました。 その健脚ぶりは、誇ってもいいと思います。本当にご苦労様でした。 椎名さん、カンパありがとうございました。中島さん、大量のおはぎとみかん みんなでおいしくいただきました。土田君にもお供えすることができました。 愛甲さん、見送りと留守部隊の守りを固めていただいていろいろご心配をおか けしました。ありがとうございました。 %%%%%%%%% 今朝の報告の続きを送らせていただきます。今朝は4時 に目が覚めてしまいました。5日間の合宿ですっかり早起きの習慣が身についてし まったのでしょうか。それとも土田君の追悼ができたこと、幻の飯豊連峰縦走合宿 を成功できた充実感と興奮のせいでしょうか。 体はきしんでいますが、精神は実に充実しています。さて、飯豊連峰縦走そのもの の感想を追加させていただきます。 私は一昨年夏、栗駒山、秋田駒ケ岳、八幡平の車を使った東北の山旅を経験し ました。植物に興味を持ち始めた40代から、少しずつ東北の山に興味が出てきてい たのです。しかし現実の生活からは、夢のまた夢でした。退職し再雇用生活を始め てから登山再開が可能となり、実現できた東北の山旅でした。「次は早池峰山、 八甲田山、岩木山かな?」と思っていたのですが、さすがに飯豊山はアプローチも 下山コースも長いだけに行きたい気持ちは山々でしたが、とても実現不可能だと諦 めていました。それが、今回実現できたのですから興奮するのは当たり前ですよね。 「飯豊連峰は素晴らしい。」その山容の奥深さ、紅葉の美しさは想像以上のも のでした。紅葉とお花畑が同時に見られるという豪勢な体験は、この時期だった から可能になったのでしょう。熊笹の緑の中にナナカマドやカエデやツツジの仲間 の落葉低木が赤や黄色の錦織り成し、その穏やかな山容とマッチして芸術的色彩の 世界に私たちを運んでくれました。 9月後半という時期にあちこちに雪渓が残っているという豪雪地帯飯豊連峰独特 の気候条件は、夏の終わりと秋の始まりが同時進行することを可能にしたのです 。紅葉の最盛期に、同時に高山植物の美しい花々を目にすることができたのです。 青や紫系のオヤマリンドウ、ミヤマリンドウ、マツムシソウ、ハクサントリカブト、 ハクサンシャジン、ナンブタカネアザミ、チョウカイアザミなど、 黄色系のイワインチン、ウサギギク、ミヤマキンバイ、 白系のウメバチソウ、ハクサンイチゲ、ミヤマコゴメグサ、ヤマハハコ、ミヤマウ スユキソウ(かれる寸前)、ミヤマセンキュウ、シシウド、 赤系のタカネナデシコなど、チングルマが真っ赤に紅葉し、綿毛をつけている姿など、 数え上げれば切りないほどでした。 それもこれも、この時期にこんなに長い期間好天に恵まれたからのじっくり楽 しむことができた、奇跡に近い幸運でした。やはり土田君が与えてくれた私たち へのプレゼントだった気がします。 30期の2年生が外池部長や萬濃リーダーを中心に伊豆、安藤、徳川、岩倉の諸氏 が「新しい夏山合宿のコースを開拓したい!」との想いから飯豊連峰を目指した 情熱は間違ってはいなかったと実感しました。 北アルプスや南アルプスにない魅力を持ったところだということを、今回の幻の 夏山合宿を体験してみて初めて分かった気がします。飯豊は素晴らしいところで した。 ただし飯豊本山から宝珠山、千本峰、桧山沢つり橋、飯豊山荘の下山コースは 上級者コースであり、高校生の夏山合宿の下山ルートとしては、無理があること を実感したのも事実です。岩場あり、ガレて滑りやすい場所が多く、雨天の場合 は上級者でも冷や汗を各場所が随所にありました。 合宿最終日で疲労も蓄積されてきているので、私自身が昼過ぎ頃からバランスを 失って2度転倒しました。先頭を行くリーダーの熊川さんも、お尻をついてずり 下る場面が何度もありました。 昔のキスリングでは、岩や木立に引っかかっておそらく大難儀したでしょう。 一番元気な藤田さんでさえ、靴底のビブラムが磨耗していたせいもあり、5〜6 度転倒しました。 結局前泊の御西小屋から飯豊山荘まで14時間近くかかり、最後はヘロヘロ状態に ならざるを得ませんでした。 私たちも天候しだいでは川入口コースにせざるを得なかったでしょう。 最後に、今回の合宿を通して、槌田広人さんのご両親、妹さんの長い年月の心 情を考えざるを得ませんでした。飯豊本山を目の前にした御西小屋では、ご両親 や妹さん、伊藤先生、外池さん、萬濃さん、合宿参加者の現役だったみなさん、 OBの金谷さん、熊川さん、加藤さんの心に刻まれた命の重さを思い、午前2時ごろ まで、眠れませんでした。 今回の合宿がひとつの区切りになればと思います。 藤田@13%29 飯豊行では避難小屋の様子が少しわかりました。 管理人がいなければただ! というのはうれしいですね。 その代わり体力がいることも・・・ バーナーも使えるようになりました。 水、食料、火、寒さよけ・・・生きていくのに必要なものねえ、アルコール、・・・ 結構少ないかも! フルーツは、現地調達で・・・ 人の縦横のつながりと生命を大事にする優しい思いを 現代の若者に伝えていって欲しいものです。 以下、GPSが下山してからの記録です。 9月21日(月) 門内小屋 快晴 9℃ 風 強い 6:20門内小屋(バイオトイレ)ー7:20北股岳(2024m)33ー7:44梅花皮小屋ー8:25梅花皮岳50ー 9:15烏帽子岳(2017m)38ー10:10池塘31 11:25天狗の庭 手前38ー11:55天狗の庭 昼飯12:55ー13:55御西小屋 水汲み(標高差 45m下) 快晴の中、快調に歩く。 ピークごとに、クマザサの緑に赤や黄色の錦は見事。 クロマメノキの実 大粒大量、 赤い実、ガンコウランの黒い実 秋の山はフルーツパーラー! 休憩をとっても寒さを感じず、前2日より暖かい。 登山道にも、ウメバチソウが咲き、チングルマのひげ爺の群落、訪れる人が少なさそう。 あちこちの谷に雪渓があり、冬、雪深い山。 眼下遥かに黄金色の絨毯、今年も実りの秋が楽しみ。 日本海に船が浮かび、佐渡島に雲がかかっているのが見える。 昼、 アサギマダラが舞うのに見とれる。 フルーツグラノーラ(カルビー)が、甘く口当たり良かった。 飯豊本山小屋が込んでいる情報あり、御西小屋泊りに変更。 Beer ¥1000/350ml 小屋維持協力金 ¥2000/1人 夕食、春雨スープ1000ml、味噌ラーメン・餅入りxA/3人、お代わり味噌ラーメンxA/2人、 3人でたっぷり 3L の水分を飲む。 9月22日(火) 御西小屋 曇 暖かい といっても10℃無い 午後から雨情報 4:00 起床 具入りチキンラーメンxA/3人 5:13 御西小屋 発 5:53 玄山道分岐 強風・霧雨 6:45〜55 飯豊本山(2105m) 7:12 ダイクラ尾根降り口 ガスで見つけられず小屋方向に進み、間違いに気づき折り返す。 7:26 飯豊本山 通過 9:29〜39 小休止 10:32〜37 々 11:27〜12:04 昼飯 大休止 千本峰手前 標高1499m辺り 対岸に 大丸森山 が見えた。 13:14〜26 小休止 千本峰岩場を過ぎてから 山の写真を撮った 14:33〜44 々 15:40〜55 々 長坂清水 17:29〜45 々 吊橋を渡ったところ。 ヘッドランプ 18:15 林道に出る。 19:03 飯豊山荘 (406m) 満室で断られる。 ねばって・・・キャンセル一部屋にもぐりこむ。 20:00 風呂、夕食、風呂、 飯豊本山直下は日本庭園のような景色、ガンコウランの黒い実が鈴なり、完熟で美味。 ダイクラ尾根下りは、下ったと思ったら、目の前に急な岩山が バーン! と 現れることの繰り返し。 ピークをいくつ超えたか・・・ 巻き道が見えると安堵、しかし巻き道なのに急登! 巨木の倒木多く、岩場にロープなく、登山道にペンキの印1個のみ確認! 玉川は水量多く、きれいな流れ、吸い込まれそう。(吊橋に上から) 飯豊本山(2105m)から、飯豊山荘(406m)の標高差は1700m、かなりのアップダウンあり。 最後の林道歩きは、車、人に会わず。 飯豊山荘 まさかの満室! ロッジに行ってくれといわれた時は・・・ 大広間泊(¥1500)ならと、天の声。 19:00にキャンセルが出て部屋(¥3600)に泊れる事になる。 大広間と部屋 の違いは、シュラフか布団、自炊か定食、板敷きか畳、・・・ 風呂、Bee(生¥630)はどちらも・・・ 9月23日(水) 雨・小国からは曇、 5:00 起床・風呂(一人・その後仮眠。) 6:00 々 6:30 々 7:30 朝食 御ひつ4杯! とても美味しいご飯。 10:55飯豊山荘=バス(山荘のマイクロ)=11:07梅花皮荘35=バス=12:17小国駅13:46=米坂線(下り)単 線=5:26坂町(終点)15:11=羽越本線(上り)=16:16新潟16:43=上越新幹線 M ax とき 338号= 18:34大宮18:41=西京線=19:20新宿 温泉の効能、疲労回復、腰痛軽減! 米坂線は黄金色の田んぼの中を走り、 曲屋づくリの家の裏庭でライフルを撃っている人を見かけた! ぱーん! トンネルが多く、警笛を鳴らす。 ふと見ると、カモシカが線路脇を逃げていた! トイレつき、ありがたい。 小国駅 ・ 坂町駅 静かで、犬の散歩コース。 新潟駅 ・ 大宮駅で人の多い事。 新宿駅では、どうやって荷物を降ろし、どうやってザックを背負おうか・・・ 新宿駅ホームで山行終了の挨拶。 土田さん、皆さんに後押ししていただいた山行、 ドラマを想像し、多くの方の思いを感じ、 何よりも、 人の縦横のつながりと、 生命を大事にする若者達の優しい思い、重く柔軟な心を、 現代の若者達に伝え、つなげて欲しい、ものです。 伊藤先生もとてもお元気、私も元気を分けていただきました! 熊川さん、伊豆さん、皆さんありがとうございました。 猿渡@13 今回、飯豊山系での慰霊の山旅に参加さていただきました。 若くして亡くなられた土田さんのご冥福をお祈り申し上げます。 また、伊豆さんはじめ皆様には大変お世話になり、ありがとうございました。 長谷川さん、熊川さん、藤田さん、縦走成功おめでとうございます。 私は、最近年齢からか、寝不足が山歩きに悪い影響が出ることがわかっており。 この先混んだ小屋泊りを続けることは、皆様に迷惑をかけると思い稲葉さんに 従い山を降りました。天気は良かったのに飯豊山までいけず残念でした。 また、よろしくお願いします。 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% %% MLに寄せられたOBからのメール %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 26期の三瀬(ミセ)です。 10月1日の拡大事務局会へは、国内出張中であったため参加できず、失礼し ました。 土田君遭難の一報を受けて急遽現地へ赴いた学生OBの一人として、当時の 記憶 を少々披瀝させていただきます。 今は亡きFAC同期の田川君からの連絡(だったと思いますが)で、彼と一緒 に現地へ急行しました。 その時に現地に駆けつけたOBの方々に、他にどなたがいたのか記憶が定かで はありません。 記憶に残っているのは、高校の現役時代に南アルプスや北アルプスで経験してい たアプローチとは異なるその長さと、日本海から来るのでしょうか、妙に湿気を 帯びた蒸し暑さでした。 ご遺体を運ぶために森林の切れたところへ皆で上げるのですが、登山道の道幅は 狭く、ずいぶんと苦労したこと。ようやく救助ヘリがホバリング出来る場所まで 来たものの、天候が不順で霧が発生し、なかなか救助ヘリが上空に来れない。 確か、時間の関係もありこれが最後のチャンスで、霧が晴れなかったら、長いア プローチを人力でご遺体と一緒に下山しなければならないという局面で、一瞬霧 が晴れて、何とかヘリでの移送が出来たこと。 無事にヘリが出発した瞬間に安堵感と共に、涙が自然とこぼれてきて、田川と肩 をたたきあったことを記憶しています。 今では、追悼山行に参加できるような体力もなく、この種のイベントに参加する のは無理だなあ、と思っていましたが、このメーリングリストで伊豆君のような 参加の仕方もあるのだなあと、改めて認識いたしました。 (メールを毎日チェックしているのではないので、気づけば、追悼山行は終わっ ていました。)次回、同様な企画があれば、そのときの自分に合わせた形で参加 させていただこうと思いました。(せめて、プレートのある場所まではと。。) 以上、自分の青春時代に重なるほろ苦い思い出ですが、皆様にお知らせすること によって、少しでも土田君のご供養につながればと思い、筆をとった次第です。 %%%%%%%%%%%%%%%%%% 園部@24です。ご無沙汰しています。 飯豊山行ご苦労様でした。 (中略) 土田君のこと。 事故の一報が入ったとき私は長野にいました。大学4年生で、ちょうど友人(現在 の妻)と、その実家についたところで、横川さん(カエル)から電話を受けたと 記憶しています。田中角栄逮捕の日だったと思います。 そのまま東京にとって返して1週間、長谷川さんの家やジュンサイの家を拠点に しながら在京のOBとの連絡などにあたった記憶があります。上野駅への遺骨の出迎 え、葬儀などいまでも記憶に残っています。 その翌年、高校教師となって山岳部の顧問として生徒を引率した際に、熱射病の症 状を呈した生徒が出て、土田君の話を聞いていたことが大いに役立ったことがあり ました。 (後略) %%%%%%%%%%%%%%%%%% 佐藤順哉@24です。 全然参加できなくて申し訳ありません。 園部君のご指摘の通り、田中角栄逮捕の日です。 私は連絡は、金谷君から受けたような記憶ですが、横川さんだったかな? 土田君は、その前の谷川合宿の時に付いたのですが、ばて方に少し気になるとこ ろがあり、桑木君か加藤君に医者に見せた方が良いのではないかとの意見を述べ ました。医者のOKを取っての夏山参加でした。 追悼山行に行かれた方々、どうもありがとうございました。 |