<<山を愛する若き友に>>
西村 文男
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| 若き友よ |
| なぜ山へ登るのかと問われたら |
| 君はサァ・・・と口ごもり |
| 困惑を微笑にまぎらせて |
| 黙ってただ相手の顔を見つめるだろう |
| 又 |
| 「山がそこにあるからだ」とか |
| 「空気がうまいからだ」とか |
| なんとかうまいことを言って |
| ゴマかすだろう |
| あるいは言うだろう |
| なぜそんなにモッタイブッたことを |
| たずねるのかと |
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| 若き友よ |
| だが君は知っている |
| まず山の苦しみはどんなものであるかを |
| そしてそののちの楽しみが |
| どのようなものであるかを |
| いや 苦しみとか楽しみとかいう |
| 単純な気持ちでなく |
| その何かが君を惹きつけるのだということを |
| 言葉でなく |
| 感情でもなく |
| 君自身の冷静な心をとおして |
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| オーダーを組み |
| 他のパーティーに会うこともなく |
| ただ押し黙って歩く時 |
| 君はふと感ずるであろう |
| 自然の中にあるただひとりの自分を |
| そして又感ずるだろう |
| 同じパーティーの人達との無言の連帯を |
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| 雨の中にうち震えながら |
| ただひたすら逃れるように歩く時 |
| またひた漏るテントの中で |
| ぬれそぼるシュラーフに身をちぢこませ |
| 疲れ切ってまんじりともせずに一夜を過ごす時 |
| 君は寒さを噛みしめ思うだろう |
| 小さな自分の |
| どうしようもないみじめさを |
| そしてなぜ山へなぞ来たのかと |
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| ともすれば消えなむとするたき火をかき立て |
| 又 |
| 就寝前のひとときをテントの中にあって |
| バカげたことをダベリながら |
| 心の中で君はおもうだろう |
| これがあるいは |
| 心のふれあいというものかもしれないと |
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| 山を愛する若き友よ |
| などというと君は |
| エヘヘ キザな呼び方はしないでもらいたいネ |
| というだろう |
| だがまじめに聞け |
| 山を愛する若き友よ |
| 言葉と言葉の通じあわぬ |
| “素朴”や“感動”などというものが もはや |
| なくなってしまった騒音と不信の |
| 現代において |
| やまゆきはやはりひとつの |
| 自然への回帰ではないか |
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| 山へ行ったって人は多い |
| 紙くずも散らかっている |
| トランジスタラジオをガンガンかけて |
| 行く奴もある |
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| 若き友よ |
| 君は言うだろう |
| それはひとつの感傷にすぎぬと |
| 然り |
| だが君が35歳をすぎて |
| 多少なりとも山へ惹かれ |
| 青春を謳歌する若人と山行を試みたら |
| 少しはその感傷も理解できよう |
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| だが今や私も |
| 日曜日には子供達の顔をみながら |
| 一緒にたわむむれ遊ぶのが楽しい年齢に |
| なってしまった |
| 正直いって |
| 山行の前々には自分自身のかなり |
| 大きな決心と大きな家族の反対を |
| 味わわねばならなくなった |
| 体力的にも重い荷も持てず ふと |
| 回復の遅きを案ずるようになった |
| いずれ |
| 山へも行けなくなる時が来よう |
| (いやもう目前のことかもしれぬ) |
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| しかし友よ |
| 誰も山へ行くことはできるのだ |
| 誰でも山へ行ってもいいのだ |
| 自分は自分のやり方で |
| 山へアプローチすればいいのだ それは |
| 山のせいではないのだ |
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| 危険に挑戦するばかりが全てではない |
| これが高度の登山あれがつまらない山行と |
| 一概に言えるものでもないのだ |
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| 山行の行程を終えた帰途に |
| 私はいつも一つの全き“無心”を感ずる |
| そして特別何も語りあったわけではないのに |
| 何か共通の理解のような |
| 気持ちの通いあいのようなものを感ずる |
| 何故か分からないが生徒達と |
| 何かしら感じあえた |
| 唯一の貴重な時と思われてくる |
| 私はできるだけそしらぬ顔をして |
| その大きなよろこびの時をかみしめる |
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| されど若き友よ |
| いささかテレるけれども |
| 私も又 |
| 山を愛するひとりとして |
| このひととせを山岳部の顧問として |
| 君達のあとについて行こう |
| 君達の青春の力のほとばしる |
| あとを |
| 同じように歩み |
| 同じように登ることを楽しみにしながら |
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