中野「クラシック」の亡霊

@13 若林 (2009.2.12)

この話は、初め13期の連中にだけ伝えれば良いつもりだったのですが、もしかして
中には興味をお持ちの方もおいでかしら、と言うことでML上に載せることにしました。
興味のない方すでにご存知の方には余計な話で御免なさい。読み飛ばして下さい。
 
我々13期の仲間達は、二十歳前後の青春時代、中野北口にあった心の文化遺産、
名曲喫茶「クラシック」が溜まり場となっていて、昼に夜になくしょっちゅう入り浸って
いました。そこに行けば必ず誰かに会えたものです。なかんずくこの私めに至っては
ほぼ毎日、時には一日中そこで暮らしていたぐらいのものでした。近年、オーナーの
父娘が相次いで亡くなられ、その後は有志とおぼしき方々が、多くのファンの声に
応えてなんとか営業を続けていましたがこれも力尽き、今から丁度4年前の1月末、
残念ながらついに閉店を決意して60年間の歴史に終止符が打たれてしまいました。
アニメ映画の「ハウルの城」みたいな建物は、埃にまみれて古びた造作や調度や、
使い物にならない備品と一緒に完全に解体撤去されました。今ではそこに新しい
ビルが建って、その存在自体も我々の想いのこってり染み付いた青春と共に、
忘却の彼方に悲しくも去りつつあったのです。いや、確かその筈だったのですが。
 
しかし何と言う驚きなのでしょう。その亡霊が今でも鮮やかに生き延びている事が
最近になって分かったのです。しかも高円寺の私の店のすぐ傍、100メートルと
離れていない所にです。一年ほど前、とあるビルの地下に新しく喫茶店が出来た
のは知っていました。でも地階にあるので様子はまるで見えないし、看板がどうも
チンケで、全く入ってみようという気にはなりませんでした。
ところがこの店をオープンしたのは、かの「クラシック」が閉店するまで頑張っていた
従業員、店の最期を看取った二人の女の子である、と言うのがひょんな事から
分かったのです。愛する「クラシック」の閉店を諦め切れなかった二人は、所詮は
建物の解体で処分されてしまう調度品や備品などを頑張って可能な限り運び出し、
ずっと保管して来ました。そして時間を掛けながらそれらを全部生かして、とうとう
「クラシック」の亡霊を実現させるまでに漕ぎ着けてしまったと言うのです。
しかも高円寺に開店した、というのが決してたまたまではありませんでした。
実は中野での60年間の歴史の前に、空襲で焼けるまではもともと高円寺に、
昭和5年に開いた「ルネッサンス」という「クラシック」の前身となる店があって、
出来ることならその原点にまで帰ってみたいと考えたそうなのです。故にこの店の
名前は「ルネッサンス」なのです。私もズブズブに浸かったマニアの一人でしたが、
この若い二人の執念と行動力には、ただただ頭が下がる思いです。
 
その事実を知ったからには居ても立ってもいられず、早速行ってみました。
本が読めないほど暗い店内、入るとすぐに小さなカウンターがあるところ、いきなり
そこで安っぽいプラスチック製の券を買うところ、珈琲と紅茶とジュースの3品しか
ないところ、重い木のドアを開けると厨房にランプが点いて客が来たのを知らせる
ところ、昔と同じに食べ物の持込みが可、お喋りが可であるところ。
とにかくあの「クラシック」方式を徹底して踏襲しようとしています。板張りの床は
当時のようにわざと段差をつけてあり、運んで来た木製の手摺はそのまま仕切りと
して使われています。リクエスト曲を書く黒板も、創業者美作七朗氏が描いた絵も、
フードガラスの割れたランプも、ちぐはぐな椅子たちもそのまま。時々傷やら
擦り切れた音のするレコードも、あの時のままそっくり使われていました。
埃にうずもれた「クラシック」とやや違うのは、格段に清潔になっていることです。
私は夢心地で、ただひたすら懐かしい匂いのする空気を吸い続けていました。
 
ちょっと恥ずかしい表現を借りるなら、死んだ筈の昔の恋人が、実は記憶喪失と
なって生きていて偶然にも出逢う事が出来た。でも「彼女」は名前も変わってしまい、
別の世界の人になっていた、とでも言う感じでしょうか。
しかしながら心配なのは、このいま時分に名曲喫茶と言う話です。誰が考えたって
流行る訳がありません。往年のファンだって、元の「クラシック」ではない訳ですから
わざわざ高円寺くんだりまで、そうそう来てはくれないと思います。このご時世、
趣味で生きていけるほど甘くはありません。二人には何とか頑張って欲しいし私も
出来る限り応援したいと思いますが、皆さまもきっと話の種ぐらいにはなりますから、
機会がありましたら一度覗いてやって頂けませんか。コーヒーが400円です。
愛甲翁あたりなら、眼鏡を外して涙をぬぐってしまうと思いますよ。
 
感動の中にもひとつだけ残念だったことがあります。昔の「クラシック」の二階には、
店のマッチのラベルにもなっていた少女の横顔の絵があって、これが店の
象徴として当時の誰しもの脳裏に焼きついていた筈です。しかし「ルネッサンス」の
店内のどこを見てもそれが見当たらないのです。思い切って訊いてみると、
「いいえ、私たちはその絵とやらを見たことがありません」と言う答えでした。
そうでしたか、憧れの「彼女」はやはり記憶喪失の向こうに去ってしまったようです。
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場所は、JR高円寺駅南口からアーケード(pal商店街)をダラダラ下がり、それを
抜けてすぐ、僅か20mで左に初めての路地がありますからそこを覗いて下さい。
目の前に「堀萬米穀」という米屋さんが見えます。そのビルの地下一階です。
黄色い冴えないスタンド看板が目印。電話は03・3315・3310。月曜日が休み。
そう言えば地下なので、携帯が圏外で鳴らないのも浮世離れして嬉しいことです。

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