<<2005年8月6日─8日 徳沢園夏山合宿(蝶ヶ岳)>>

中村@7 愛甲、伊井、吉川、古橋@13 山本@17 宮本@21 安藤@28

伊井OB撮影写真  愛甲OB撮影写真  愛甲OB撮影写真(上高地点描) 宮本OG撮影写真  安藤OB撮影写真 



28期安藤です。

8月7日蝶ヶ岳(長塀山コース)の報告です。
5:20 山本、宮本、伊井、安藤の4名は長塀尾根経由蝶ヶ岳
を目指し徳沢園の裏から登り始める。
9:02 あっという間に長塀山(ナガカベヤマ)に到着。
途中、今年山岳部を立ち上げたという茨城の女子高パーティ
ーと前後しながら歩く。稜線上妖怪の池(証拠写真あり)か
ら妖精の池までお花畑が続く。
10:06 蝶ヶ岳到着 休憩昼食。槍穂高は見えそうで見えな
い。
11:00 蝶ヶ岳出発 すれ違う若いパーティーにお爺さん2人
お婆さん1人のパーティーに会わなかったか尋ねると15分位い
前にあったとのこと。横尾への分岐直前で中村会長、愛甲、古
橋パティーに会う(逆コース組)。愛甲さん横尾からの急登で
大分苦労したらしい。
稜線の分岐から、宮本、安藤のみ蝶槍まで往復したのち横尾へ
と下り始める。大キレットは見えるが槍も穂高も頂上は見えな
いのを惜しみつつ樹林帯へと突入。
14:06 槍見台着 槍見台はまだかと思いつつ下り続けると
山本さんが突然止まり、その視線の先に槍ヶ岳。
14:26 横尾着 4人生ビールで乾杯。雷雨となり1時間ほど
雨宿り。
16:10ごろ 吉川OBの待つ徳沢着

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宮本@21期です。

無事合宿が終了し、参加の皆様に御礼申し上げます。
蝶ヶ岳も素晴らしい山でした。長塀尾根は妖精の池をはじめ、
いくつかの池と可愛らしいお花畑があり、メルヘンティックな
尾根でした。蝶の山頂はなだらかで開放感にあふれ、「どの山
でも来れば素晴らしい。」と言ったら、山本さんに「なげやり
だね。」と言われましたが、決してそんなことはなく、充分に
蝶を楽しみました。

今回は出発間際に色々あり、色々の駄目押しで全員の切符を持
っている山本さんが“あずさ”に飛び乗りセーフという形にな
り、全員でやきもきしました。松本からはタクシーを奮発して
上高地へ。順調に徳沢に到着。テントを張って夕食の準備をし
ました。安藤君がフナの餌と言って敬遠していたマッシュポテ
トサラダもとても美味しく出来て、安藤君が一番沢山食べまし
た。吉川シェフのオムレツもなかなかのもので、山本さん担当
の仕上げの釜揚げうどんも評判上々で、あっという間になくな
りました。
翌7日は吉川さんがテントキーパーとして残り、7名が2コース
に分かれて集中登山となりました。蝶の山頂では山本さんが奥
様にラブコール。あまりに優しい様子に、また違った面を発見
しました。「徳沢にあまり早く帰ると吉川さんにこき使われる
から、ゆっくりと帰ろう。」と誰が言ったか言わなかったか、
蝶の山頂と横尾で小1時間の休憩を取り徳沢に帰りついたら、
なんと五目寿司がもう出来上がっていました。(吉川さんごめ
んなさい。)横尾コースの3名も雷雨に見舞われたとのことで
したが、無事下山。皆で乾杯しました。五目寿司が美味しかっ
たのは言うまでもありません。この日はお隣の常念岳で主婦が
滑落して亡くなったそうで、改めて慎重にならなければと思い
ました。
8日は奥又白の池は諦めて、上高地のアルペンホテルで汗を流
してさっぱりとして予定通りに新宿に到着しました。

今回愛甲さんの靴底が剥がれました。虹芝寮では吉川さんの靴
底が剥がれましたので、次は誰になるのか皆さんご自分の靴を
よく点検してください。

また。今回伊井さんが希望者全員に、徳沢の絵を描いてくださ
いました。とても素敵です。額に入れて飾りたいと思います。
伊井さん、ありがとうございました。

最後になりましたが、落合さんの差し入れの紅茶はとても香り
が良くて皆で美味しくいただきました。ありがとうございまし
た。

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 「2005夏山合宿雑感」 @17 山本良樹

FAC現役時代の想い出は季節、場所を問わず「テント(幕営)」風景と共にある。
多分、皆さんも多かれ少なかれ同じ想いがあるのではないでしょうか。
せめて夏山合宿ぐらいは「テントを張り、地べたを背中に感じながらシュラフに包
まって眠り、それぞれの現役時代に静かに浸る」という回帰願望…。

 昨年は徳沢合宿を提案した手前、何とか参加したものの、一泊だけの徳沢往復に
とどまりましたが、赤羽OBとじゃれ合いながら上高地に降りつつ「やはり徳沢は
テントサイトとして最適」との念を強くしました。アプローチの容易性、幕営環境
等、総合的に見てそのように思ったわけです。徳沢ベースの場合、行ける山は限ら
れますが、同じ山に登っても去年とは違う植生を見出す、バードウオッチングを試み
る(by赤羽OB)等々、山の楽しみ方も色々あろうかと思います。

 さて、今回の合宿ですが、仲間、天候、花、飯、風呂(上高地)に恵まれ「今年
は更に良かった」の一言です。
愛甲OBからメンバーに「今後の山行に繋がることも書いて」とのオファーがあり
ましたので、今回の合宿で感じたことを述べ、「今後の山行の問題提起」とします。

■	前日夜行バス→当日朝「あずさ」となりましたが(キップが滑り込みセー
フでスイマセン)、当初計画通りであったら、蝶ヶ岳ではもっとバテたメンバーが
出たと思われます。今回の手違いは怪我の功名?!。山渓別冊「山で死んではいけ
ない」P44〜P45事故原因別分析の転・滑落、転倒の項を読むまでもなく、
実態として「疲労」が年代を問わずこれらの事故の直接・間接原因のトップと推測
されます。今後、合宿の場合、前日夜行等は避け、極力楽な方法を取るべき。

■	加えて、メンバーの高齢化に伴い、身体の疲労、不調は合宿前に極力これ
を取り除いておくのは勿論(これがあっては鍋割でのトレーニングの意味がない)、
疾患の予兆がある場合、事前の診断・治療は必要不可欠。(上記誌P47病気・
疲労の最近の傾向を読むと、我々の年代では予防の為、バイアスピリン等の携行・
服用も一法か?)

■	合宿で「行きたい山」のルート等は各人が事前に調べておく。
「OB会」メンバーでありながら、「ツアーに参加し連れてって貰う」ということ
ではダメ。

■	個人装備はキチッと準備する。特に山靴、レインスーツ、ヘッドライト等。

■	「美味いメシ」は私も食したいとは思いますが、食材、什器類の重量・容量、
排出ゴミとのバランスをもう少し考えても良いのでは。私の観察では上高地までの下山
風景で、ゴミをぶら下げている登山者は年々減少傾向(eco-mountaineering?)。

■	宴会・食後の会話が、とかく下世話な内容に終始しがちなのは如何なものか。
特にOBの男女の機微に属する話題は避けるべき。
(以上、書いている内に、辛口雑感固め撃ち、となりドーモスイマセン)

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@13 伊井正人

2005夏山合宿お疲れ様でした。
徳沢〜長塀尾根(長塀山)〜妖精の池〜蝶ケ岳〜横尾〜徳沢組の報告は安藤OBの
通りです。
 
行のバス代 本日付けで小生の口座に返還されました。¥1、000−プラスで一名当り
¥7,000−の返還です。後日,愛甲・吉川・山本OB 古橋・宮本OGにはお返しいたします。
業者の手違いとはいえご迷惑をお掛けしました。山本OBの機転と判断(電車手配)に感謝します。
但し、待ち合わせ時間には「10分前に遅刻無し」ですよ。
 
帰り新宿より、吉川OBと小田急線で藤沢に向かいました。JR東海道線が藤沢と辻堂間で信号
故障で藤沢駅で足止めをくらいました。振り替えバスも終了しており1時間25分遅れで再開と
なりました。
 
昨日よりバス通勤をしております。普段は徒歩通勤なのですが、本合宿で足の指に豆が出来たと
思われたのが,硬くなった豆タコが亀裂して、肉が見えておりました。その状態が手で言えば[紅差し指」に
当たる足の指で,歩行に痛さを感じる為、バス通勤となった次第です。山は歩けても,都会ではまともに
歩けないとは情けないことです。治療法ご存知の方 一報ください。(昨日より徒歩できるように回復しました)
 
最後になりましたが、落合さん紅茶美味しく頂きました。
 
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愛甲@13

私と中村会長との連絡は、電話とプリントアウトしたMLを郵送することでで対処
しています。虹芝寮の合宿準備の途上、中村会長は、何度も「これが最後の谷川岳
かも」と言っていました。今回もまた同じ言を繰り返し話していたのです。それは
私とて同様、と思いつつ徳沢へ赴きました。

5日金曜、帰宅すると吉川OBより電話があり、(この日私は携帯電話を携帯して
いなかった)「今夜のバスに乗れなくなった、詳細は伊井君に連絡せよ」と言う。
なんとバス会社は、我々の予約を午前便にセットしていたそうな。しかし私がこれ
を知った時間には、すでに山本君がAM8:04発特急「あずさ」を確保していた
のでした。「このハイシーズンの、しかも出発前日に8人分並びシートを確
保?!!」

6日 新宿駅7・8番線は数ヶ月前より閉鎖、工事中であることは目撃していたの
ですが、代替プラットホームがどこに行ったのかわからず、(指示表示が極めて不
備)一時あせりました。しかしもっとあせったのは、山本君が発車寸前まで姿を見
せなかったこと。彼もこの乗車ホームの順路に惑わされたわけ。

予定が半日遅れたため、嘉門次小屋での一献は断念、残念。徳沢の幕営地は昨年よ
りテントが多いようでした。設営後早速全員で乾杯、私は例によってひと眠り。
気が付けば日も落ち、大鍋には稲庭うどんが茹で上がっています。山本OBの推奨
止まなかったこのうどん。確かにうまい!!
そしてテントの中でコーヒータイム。引き続きジョニ黒・信州銘酒、夜明け前も登
場。FAC合宿では珍しく21時前にお開きとしました。

7日 4時起床。私は伊井君と奥又白の池を探索するつもりでしたが、朝寝坊して
いるうち彼は蝶ヶ岳に向かうことになったとの事。中村会長は計画段階で横尾経由
と言っていたので、「足並み」を平準化すべく横尾廻りに参加することにしまし
た。5時30分出発。横尾までウォームアップと颯爽と歩を進めたものの、いきな
り急登に入り内心がっくり。実は奥又の池への登りについて稲葉君に問うたら「両
又小屋から北岳程度」と聞いていたものだから、蝶のほうが多少組し易いかも知れ
ない、と情けない思惑を持っていたのでした。これがなんと、私の経験した急登の
ベスト3。裏銀座ブナ立尾根、両又〜北岳、そしてこの登高でした。高度計が壊れ
たかと思うほど針が動かないのです。
槍見台までは順調でした。幸い雲間から槍ヶ岳山頂を仰ぎ見ることが出来たので
す。しきりと槍ヶ岳に向いシャッターを切る中村会長を見て、私は気が付きまし
た。中村会長は此処に立ちたかったのだ、ということを。
「槍見台までなら往復できる」という先輩の言葉を思い出しました。それなら私は
長塀山に行こう、とあらためて意を固めたのです。二人の爺さんと一人の婆さんの
チームが、歳を取り損ねたアンちゃんと姐さんチームに遭遇したのは、穂高連邦を
展望する稜線上、11時20分でした。
なんという穏やかな尾根路でしょう。あのむかつく急登の辛苦が尽く払底されたひ
と時でした。蝶ヶ岳を過ぎると行きかう登山者もほとんどなく、妖精の池周辺を夢
見心地下山路に入る頃、遠雷が不気味に鳴り、やがて激しい雷雨と変わったので
す。森林帯には、落雷で引き裂かれた倒木があちこちに横たわっていました。被雷
しなかったのは幸運だったのかも知れません。途中道に迷い、あせって稲葉君に架
電したため心配おかけしました。申し訳ありませんでした。とっさに携行した食糧
と水の残りを思い浮かべながら薮こぎをしていました。
17時BC帰着。久しぶり充実した「登山」の1日でした
この日、藤田夫人と義弟、行義夫妻が穂高〜槍縦走の帰路、私達のBCに立ち寄り
ました。私達は山中だったので吉川君しか会えませんでしたが。
総料理長吉川君はすでに五目すしを完成させて待っていました。実は1週間前、彼
は伊井君と共に我が家の庭で、この献立について2種類の食材を使い試作したので
すが、飯盒の飯炊きに失敗していたのです。吉川君は今回高圧鍋を持参すべきか、
かなり迷ったらしい。私は念のためレトルトの白米とカレーを持参していました。
合宿の料理は「山で食べるから旨い」、と思い込むものですが、今回は自宅食卓で
食してもしっかり旨いできばえでした。料理のために山に入る仲間が居ればこそ、
の食料計画です。昨年の経験から、調理に伴うゴミの排出量は削減されました。
8日 BC撤収。小梨平のレストハウスで乾杯。中村、伊井、吉川を残して他の5
名は上高地アルペンホテルで入浴。16時初新宿行「さわやか信州号」にて帰路に
着きました。(諏訪湖サービスエリアで衆議院解散の報を聞く)

徳沢は私達の合宿地としてふさわしい場所であるとあらためて実感しました。
登山する為の体力気力などそれぞれ異なり、衰えていくメンバーが一同に集まるこ
とができるBCとして、バリエーションを展開する方法としては、BC発○○小屋
泊という形態も考えて良いと思います。
来年の私はテントキーパーかも知れませんが。

企業戦士(古いか?)子育て、介護など、皆さんそれぞれ多忙な日々が続いている
ことでしょう。であればこそ休息のひと時を山で過ごしませんか。たとえその頂に
立つことが出来なくとも、星霜を経ても変わらぬ山々の姿に接することこそ、かつ
て山歩きを経験してきた者が享受出来る至福なのだ、と私は思います。